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涙TUVWX final



-第一部-
 人間というのは不思議なもので、わけもなく涙を流すときがあるという。
 私の周りの一応種族人間達は、どいつもこいつも人間離れしたもの達ばかりで、私はその最も根底的なことをつい忘れがちなのだけれど。
 こうして悲観にくれる彼女が目の前にいると、無性に思い出す。
 長生きするということは人間的な情緒を忘れがちになるらしい。

 霊夢が泣いてる。
 私からすればこれからもずっと続く膨大な時の中でのほんの一抹なできごとのように感じられるけど。
 それは私が情緒というものを忘れてしまったということなのだろう。
 長生きなんてするものじゃない。
 いくら形式的に人間風情を気取っても、知らない間に人間らしさというものは失われるらしい。
 そこに私は、人間と妖怪のどうしようもない距離を感じた。

「泣かないで、霊夢」

 あなたの泣いているところなんて見たくない。
 けど、泣いてもいいよ、とも思う。私の前だけでは、泣いてもいいよと。
 あなたには笑った顔が似合う。
 泣くな、とは一種のエゴなのだろうか。

 感情の機微に鈍くなった。
 認めたくないけれど、とたんに人間に戻りたくすらなってしまう。
 底知れぬ決意の元に魔女となったにも関わらず。

(霊夢も妖怪になって)

 神にささげる御身をそのような行為に晒すとは到底思えないのに。
 私は彼女に、自分のためと、今の彼女のためにそう心の底で願ってしまう。
(そうすれば、あなたはつまらないことに囚われないで済むのに)

 けれどあなたは首を振った。心の声に応えたわけはないから、体を揺らしただけなのだろうけれど。

「……泣いたらすっきりしたわ」

 うさぎみたいに瞳を紅く濡らして、そう彼女は儚げに笑う。

 そこにいたなら誰でも良かったのかもしれないけれど、私は彼女にぬくもりを貸した。
 されど、今どんな言葉を紡いだらいいのかわからなかった。

 できればこの先、またこのようなことが起こったとき、どうか神様、私を彼女のそばに居合わせてほしい。
 せめて私は美しい妖怪になりたい。

 XXX

「アリスが好きだわ」

 なんて単純明快。けれど言葉にするととてもしっくりくる。
 響きも耳心地いい。

 きっかけはその容姿であることは認めよう。
 美しいなと思って目で追っていたのが最初。

 そして……



 ……
 …

 もうあんたすっかり忘れちゃってるんでしょうね。
 けれど私は覚えてる。
 日々いろんなことがあるけれど、過ぎ去る時間を瑣末な事象の寄せ集めとは思わない。
 限られた時間の中で感じる様々なことは、とても濃厚だわ。

 惹かれるこの想い、高鳴りを、どこかの千年妖怪は語った。
 時空さえ隔てるほどの遠い果てない世界では、それはとある脳内物質の異常分泌だと。
 そしてそれは3,4年で大体消滅するのだと。
 外の世界は主に幻想を化け明かすことで成り立ったらしい。
 私は心の底でマグマのような苛立ちを隠しきれなかった。
 全てをさらけ出す下劣さ。
 そして、形のないものへの救いようのなさ。
 恋をして私はもしかしたら弱くなったかもしれない。

 時折感じるあなたとの感情への向きあい方の違い。
 私はできるだけ長く、あんたと一緒にいられるだけでいいのに。

「アリスのことが、好きだわ」

 蒼い瞳が私を見つめる。頬を手のひらが触れて、そっと唇を重ねる。
 それは接吻なんて感慨深いものではなくて、確かめるような、色気のないもの。

「私はあなたを生かしたい。できるだけ永く」

 言葉の意味を理屈じゃないものが瞬時に理解する。けれど真の意味は分かっていないような気もする。
 もしあんたがただの人間の娘だったら、これはただの少女同士の戯れだったのだろうか。

「アリスが、好き……」
 口に出して確認する、この想い。
「私も霊夢が好きよ」
 瞳が重なる。触れてないのに、もうこれだけで全て十分な気がした。
 カチッと何かが嵌っている気がする。

 あなたと、いつまでも幻想の中にいたい。


-第二部- もうあんたすっかり忘れちゃってるんでしょうね

 あれは確か虹色の紫陽花が美しい時分だった。
 しとど雨が地面を濡らす。地上の全ては湿気で満ちていた。
 縁側で黒髪を弄びながら、遠くに僅か見える桃色の紫陽花を目の端に映す。
 そんな、まどろむ時間を持て余した頃。
「…………」
 何かに誘われるように、番傘を差して途を行く。
 森の中という以外、どこかも皆目検討付かない場所で。
 大木の下にたたずむ金髪を見つける。身を覆うのは抜けるように青いドレス。

「ひっ、く……ぅ………っ……」
 恋に破れた少女がいた。
 その少女がつい先ごろまで付き合っていた人間のせいか、都会と瀟洒が合わさり、
背をかがめる姿には、どこか大人の色気があった。
「アリス……」
 美しい、涙だった。……はずだった。

「…………何、泣いてるの? 霊夢……」
「え……」

 自分の頬に伸びる私の手。
 泣いていたのは私だった。

「アリスも泣いてるわ」
「これは……雨」
「嘘」
「…………実らない、恋をしたの」
 なら私は、報われない恋をしている。


 彼女の涙は私に、まるで心臓を真綿で引き絞られるような痛みを覚えさせる。
 息が苦しくなるような、胸の締め付けられる感覚。いばらで、やんわりと握りこまれるような。
 ――見ていられない。泣かせていたくない。
「……泣くんじゃないわよ」
「っ!……」
 アリスの手首を掴み、こちらへ力をこめて引っ張る。
 影から現れた彼女の顔は、やはりひどく涙で濡れ、目元が赤かった。
 そのまま、彼女の体を、自分の胸の中に収める。一回り、私よりも背の高い彼女を。

「…………霊夢」
 金髪の少女の体が、すっぽりと収まった。ふんわりと女性らしい香りが胸の内に溢れる。
 アリスの手が、洗濯したばかりの洗い立ての巫女服の背中に伸ばされる。
 そうして、服の肩口がじんわりと温かい感触を吸っていくのを、彼女のすすり泣く声と共に、ただ感じるのだった。


 雨が煙になっていく。






「お菓子作ってきたわ」
「いらっしゃい」

 あれからよくアリスは神社を訪ねるようになった。

  「オレンジのババロア。自信作だから、美味しいと思う」

 あの日が嘘みたいに、晴れやかに笑って。
 ……ううん、本当はどこかで不思議な気まずさを隠しながら。


「お茶入れるわ」
 けれどそんな平穏な日常に、笑顔に、いつのまにか私の心も穏やかさを覚えて。
 そして、

「……口に、合うといいんだけど」
「アリスの作るお菓子は美味しいから大丈夫よ」

 少しだけ不安そうな顔をするので、すかさず言葉を返す。
 するとアリスはすぐに大変嬉しそうに笑った。
 彼女が笑ってくれると、私も嬉しい。笑っていて欲しい。

 今日を往く。




「…………っ…う…ぅ……ひっ……く……」
「どうして泣くの!? どうして……」

 彼女が泣いている。もうここが夢か現実かわからない。
 そして私の心も泣く。
 あの子が泣いてるととても悲しいの……

『それを世間は恋と言うんだぜ!』

 魔理沙がくれた言葉。
 あいつが私に恋を説いた。
 私以上にじゃじゃ馬という単語がしっくり来る娘もほかにいないであろうに。
 単純明快、猪突猛進、されど繊細。そんなとにかく光のように真っ直ぐなあいつの言葉は 自分の感情を掴みあぐねていた私にとてもしっくり来た。
 ねぇ、あなたは……、覚えてくれている?

-第三部- 『あなたの心にはまだあの娘がいるの?』 『都合よく消しちゃったかもしれない。記憶から。あれは……勘違いだったのよ。』

 恋の炎は小さく点った。あの雨の日、私は片思いと失恋を同時に味わった。
 しかし、自分が恋をしていると気付いたところで、何をどうこうできるわけでなく。
 ただひたすら彼女を見つめるだけ。視線で追いかけるだけで、動きあぐねていた。
 とても都合のいい考えなのだけど、彼女も私を好きでいてくれたらどんなにかいい事かと思う。
 そうして磁石が引かれあうように、導かれればいいのに。
 意気地がない。度胸はあるはずなのに。
 だけど、自分にとって最悪な想像がある。
 手をこまねいている最中に、この芽生えた恋心を差し置いて誰かが彼女をさらっていってしまわないか。
 競い負ける。それだけはとにかく嫌だった……それはもう、想像ですらしばらく心を塞ぎそうなほど。
 それはあれほど親しくしている魔理沙でさえ。いや、魔理沙ほど、この最悪なケースにぴたっと当てはまる、危惧してしまう存在はいなかった。

 「互いに運命の相手なら自然と惹かれあう」
 嘘だろう、と感じてしまう私。

 「それでも私は想うぜ。駆け引きや姑息な手段で実らせる恋よりも、ただ純粋な想いが勝ってほしいと。打算よりも愚直さが勝るべきだ」
 「……あんたらしいわ」
 神様は人間の願いを叶えきれない。

「恋をした人間の少女に一輪の花を」
「紫。あなた、止めないのね」
「人間はいろんな経験をしたほうがいいわ。その方が肥しになる」
「この花は……薔薇?」
「花は便利よ。口下手さんには。雄弁に気持ちを語ってくれる」
「…………」
 棘に気をつけながらそっと指でつまんだ。
 アリス、あなたはまだ、あの人のことが好きなの?
 血液のように赤い薔薇を指で弄ぶ。

 あの日から、あなたはよくお菓子を作ってきてくれるようになったけれど。
 今度、私から彼女の家を訪ねよう。
 そうしてこの花と、何か手土産を添えて。



 新しい恋の予感と、忘れていた感情の切れ端を見つけて。
 なぜ忘れていたのだろうと、無意識に僅か憤る。
 そうしてボウルの中のオレンジジュレに指をつけ口に運んだ。「ん……甘い」
 私って都合いいわね。


-第四部-

 紫から貰った薔薇を一輪手渡す。
 アリスの目がとっさに見開いた。私は心持ち首を傾げた。
「…………」
 じっと花を見つめている。何か変なところがあっただろうか……。
「……何か、深い意味はある?」
「深い意味? な、」
 い。と言おうとしたが、アリスの顔がとっさに曇ったのを見て
「いこともないわよ」
 とっさの軌道修正に、アリスの顔が花が咲くように綻んだ。よくわからないが自分の機転を褒めたい。
「えっと、いいお茶が手に入ったのよ」
「それはちょうどいい。私も今オレンジジュレを作ったところ。どうぞ」
「お邪魔します」
 一歩足を踏み入れると、そこはまさにアリスの洋館だった。
 戸棚にひしめく和洋様々な人形達。透き通る瞳に私やアリスを映し、それとも何も映していないのか、ただそれはそこに静かに存在している。神社ではまず目にしない洋食器の数々。暖炉。そして木製を貴重としたインテリア。
 窓から適当に陽が差す木の床に在って、私は心ならずも、ひっそり立ちつくす。
 えーっと、あーっと、うーっと……、
「……本読んでもいい?」
「どうぞ」
 用事があるようでないわけで。手持ち無沙汰に彼女の部屋を見渡し、目に付いた本棚に向かった。
 姑息なことを考えているわけだけど、一番いいのは何か用事を作るわけで。しかも習慣的な。
「……ん? この本なに?」
「…………あぁ、それは、英語で書かれたものね。魔道書から物語まであるわよ」
「ふーん」
 当然英語なるものを私は読めないわけで。ここでぴこーんと小さなアイディアが閃く。
 何か、できるだけ絵柄の多そうな本にして、と……。
「これなんて読むの?」
「…………あぁ、それは、」
 お盆にお菓子とお茶を乗せてやってきたアリスが私の隣に座り、私が指し示したページを見ようと前のめりになって、私に近づく。本はできるだけ私の方に留めておいた。
 文字を探すアリスを他所に、私は彼女の金髪を眺めていた。とても繊細な、柔らかい絹糸だった。
動作に乗って、彼女の香りがふわりと鼻をくすぐる。甘ったるい女の子らしい香り。胸が一拍早く打つ。
「やっぱり日本語で書かれた本の方がいいと思うわよ。……霊夢?」
「あ」
「話聞いてた?」
「……聞いてなかったわ」
「ふむ」
「アリスは、……パチュリーも。異国語が読めるの?」
「なんとなくね。なんとなく読めるものよ。魔女だし」
「魔理沙は?」
「あれは、私達ほどじゃないにせよ、総意は掴めるぐらいには読めてるんだと思うわ」
「ふぅん」
 話している間も、彼女からは甘ったるい香りが漂ってくる。
 この香りは一体なんなのだろう? 髪? それとも服の間から漂ってくるものだのだろうか?
 それはお菓子のように甘く、もっと近くで嗅いでみたいと私に思わせる。居心地のいい香りだった。
「……そうね。同じ作品の日本版と英語版を見比べながら読むのもいいかもしれないわ。簡単な童話辺りをね」
 差し出されてあったオレンジジュレをスプーンで口に運ぶ。
 冷たく、オレンジの酸味が口に新鮮だった。
 あまり音のない空間なので、なんだか恥ずかしくて、そぅっと音を立てないように口にスプーンを運ぶ。ガラス容器とスプーンが触れ合う時の金属音、そして私にはジュレを飲み込む時の用心深い自分の咀嚼音が、やけに大きく響いていた。そうしていると、段々とアリスと私の呼吸音まで大きく聞こえてくる。
「口寂しい時にいいでしょ、それ」
「そうね」
「それに太らないわよ」
「いいわね。今度教えてよ」
「もちろん」
「本は何がお勧め?」
「そうねぇ……ちょっと待って」
 一呼吸思案してから、ぱたぱたと本棚に向かい背表紙を指で追いかけるアリス。
 それを見ながら、私は自分が持ってきた少しだけ玉露の入ったお茶入りティーカップを傾ける。冷えていて美味しい。
「お茶美味しいわ」
「なるべく頑張ったけどね。お茶は種類によって淹れ方が多くて、ベストな味を引き出せてるかわからないわ」
「十分よ。今度作り比べましょうよ」
「ふふ」
 私の連続誘い攻勢にアリスがついにおかしそうに笑った。
 次に会う口実を作りながら、こうして二人だけのおだやかな午後は過ぎていく。
 なんだかとっても居心地が良かった。

-第五部-

「霊夢がさ」
「あ?」
「泣くのよ。セックスしてると」
「ぶっ」
「汚いわね」
「タイミング考えろよ!」
「悪かったわね」
「全くだ」
 しかしアリスはしれっとした顔で、窓から外の雨を見つめている。
 適当に魔法の森を飛んでいたら、なにやら香ばしい匂いが鼻をついた。
 下を見るとちょうどその香りの発信源である煙が漂う洋館があった。
『キャラメルクッキー焼いたから食べて行きなさいな』
 意気揚々とお邪魔したわけだが、今思うとあえて匂いのきつい洋菓子をせこせこ仕込んでいたのかさえ思える。罠にかかってしまった気分だ。
「あんたそれでも恋の魔法使いでしょ。指南してよ」
「もっと詳しいやつがいるだろう。ながーい年月を過ごした、年季の入った奴らがさ」
「アレは駄目よ。細かい心情の機微ってやつがもう理解できない」
「あー……」
 とは言ってもな。ある意味私は霊夢より器用な気はするが。色恋沙汰なんてここ幻想郷に入れば大概どんぐりの背比べな気がする。
「泣くってことは不安定なんだろうな」
「そうね」
「人を好きになるってのは、楽しいことばかりじゃないってことだろうよ」
「楽しいばかりでいいのにね」
「全くだ……」
 誰かの顔が浮かびそうになって、顔を振った。
 ・
 ・
 ・

「お前ら妖怪にこの言葉をやるよ」
「?」
「諸行無常って言葉だ。この世のあらゆるものは変化し、常に移り変わっていくものなんだよ」
「……」
 私はできるだけ彼女の、私達二人の時間を止めようとしている。
「行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。淀みに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。世の中にある、人と栖と、またかくのごとし。」
「肝に銘じておくわ」
「その肝でさえ、この幻想郷では永遠への入り口だがな」

 魔理沙はにかっと切なく笑った。

-Final- 恋の逢瀬(おうせ)には闇夜が相応しい

 想いを確かめ合ってから私達は、あの大木の下で逢瀬を交わすことが多くなった。
 霊夢は月の出る夜がいいと行ったけど、私は互いの安全のために、せめて薄暗くなる直前にと譲歩してもらった。何かがあってからでは遅いから。

 辺りが薄紫がかってきた頃。月はすでに水色の空の上に浮かんでいる。
 落ち合ってすぐ、私達は口付けを交わすのが習慣になっていた。

 今宵もそう。

 離れる時に軽く余韻の音を残し、あどけない濃厚なキスが終わる。
 キスの後、霊夢の瞳はいつも濡れていた。

 辺りを密やかに虫の音がさえずる頃、霊夢がそっと口を開く。
「気付いたことがあるの」
「何に?」
「私、よくアリスが泣いている夢を見るのだけど、……いや、夢なのか白昼夢なのかわからない。けれど、どこかでアリスが泣いている。私は心配で近づくんだけど、けれど、……よく見ると私なの。私だったの」
 霊夢の言葉の真意がつかめないけれど、私はしばし眉にしわを寄せ、押し黙ってしまう。
「……霊夢、何か不安なの?」
「え……」
「…………私では、至らない点があるかしら」
「…………」

 たまに、私たちの間で会話が止まることが多くなった。
 私は……一つだけ予感していることがある。

「私達…………悪い意味で近寄ってきちゃったかな。元々性格も近いし。」
「アリスっ」
「ううん、変な意味じゃないわ。不安がらせてごめん。ねぇ、霊夢」
「うん」
「…………私を、一度振ってみて」
「え……」
「自分で言ってて思ったけど、霊夢は忘れちゃったのかしら。思えば似たようなケース、以前にあったわよね。私がちんちくりんだった時のこと」
 ちんちくりんという単語に霊夢が笑う。私も嬉しくなった。
「きっと私、あなたに振られてもあなたのこと想い続けるわよ。だって私の方が霊夢のこと好きだから」
「アリス……」
「……うん。いい顔になった。霊夢はそうでないと」
 その頃には幾重に重なった虫の協和音が、どこか私には祝福を称える音色に耳に響いた。
「辛気臭いこというとね。私はあなたを苦しめるのが私自身なら、私自身でさえいらないと思うの。もちろん実行には移さないわよ。けれど、私だってそのぐらい想ってるってこと」

「できれば、あなたとはどこかの月の民と不老不死の人間、そして傍らの半獣半人、もしくは白玉楼のお嬢様と使用人、または吸血鬼の姉妹みたくなりたいと思ってるわ。もちろん、望んでいないことは承知」
「……」
「けれど、どんな立場になっても、どの連中も切ない部分は持ってるのかもね」
 私達は、存在という互いに彼方にいる限り。
「あなたが泣くときは私がそばにいるわ」
 ――だから私たち、愚かしいけど人間らしく生きていきましょう
「でも人を捨てる気になったらいつでも言って。そちらも大歓迎だから」
「えぇ」
 あなたとなら、おそらく人間的な情緒を忘れないでいられる気もする。
 希望的観測なのかな。
 それでもいい。

「アリスのことが好き」
 俯いた顔に月夜が作る影は、どことなくあどけない少女のようにしんみりしてる。月光が染み入ってどこか神秘的な雰囲気があった。だから陶磁器のようになめらかになった頬をそっと包んだ。
「私も霊夢が好きよ」
 だから何も心配しないで。
 霊夢が私の手のひらの中でそっと笑った。私の心は零れだしそうになるぐらい満たされる。

 瞳が重なる。
 カチッと何かが嵌っている気がする。もうこれだけで全て十分な気がした。
 あなたと、いつまでも幻想の中にいたい。






UP 13/7/12






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