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横恋慕



-Reimu-

 どうしてかしら。
 近頃アリスを見ると胸がドキドキする。
 今まではそんなことなかったのに。
 笑った顔。平常時の顔。怒った顔。
 そんなめまぐるしい表情の変化に、私の心はただ囚われ、時も忘れて見つめてしまう。
 まるで桜の大木を見つめるかのように。ずっと、このままいつまでも、見つめていられると思ってしまうほど。
「れ、霊夢?」
「なぁに?」
「そろそろ帰るわ。夕暮れだし」
「あぁ、そうね……」
 縁側の向こうに広がる空はいつのまにかオレンジに染まりつつあった。幻想郷はどこか哀愁と感傷に包まれていく。
「×××も待ってるだろうし……」
「…………」
 胸を打つ、鋭い痛み。
 どうしてそれを、わざわざ言うかなぁ……。
 眉間に力が入っているのを感じる。表情に出ていなければいいけど、自信はない。
「それじゃ、行くわね」
「えぇ」
 居間の畳から立ち上がると、彼女は玄関へと向かっていく。
 今日は縁側からではなく、玄関で靴を脱いできたから。
 しかし目の前を通り過ぎる時のアリスときたら、どこか「そわそわ」という擬音が似合う様相だった。
 少しだけむっとする。
(どうしてそんな態度で帰るのよ……)
 けど仕方ないか。彼女には、待っている人がいるのだから。
 力の入っていた眉間から、そっとそれが抜ける。とともに、体全体の力が抜けていく気がした。
 いわゆる、悲しいんだと思う。
 アリスの頬は少しだけ赤かった。夕日に染まっているからだろうか。私はそんなアリスの横顔だけ見つめていられるだけでいいのに。けれどそんな思いも彼女の後姿には届かない。
「忘れ物は?」
「ないわ。大丈夫」
「そう」
 私が話かけたことで、靴を履いていたアリスが後ろに振り向く。
 やっぱり私は彼女を見ていることが好きで。こちらを向いてくれた彼女をじっと見つめていた。
「…………あ、あぁ、それじゃっ、そろそろ帰るわ」
「……えぇ」
 ぎくしゃくとした動きでアリスが玄関へ居直る。……あぁ、もしかしたら。
私がただ彼女を見つめているから、気まずい思いをさせているんだろうか。嫌がらせてるのだろうか。
でも仕方ない。好きなんだから。そう、好き……。
 アリスは玄関に手をかけ、神社を後にしようとしている。その後ろ姿に、私はズキッと胸が痛んだ。
本当は帰らせたくない。その華奢な背中を抱きしめたかった。自分の腕の中に閉じ込めるように。
 ――帰らないでよ。
(もう少しだけ、一緒にいなさいよ)
 そうして頭の中の私は、同じように頭の中のアリスを抱きしめる。
(泊まっていきなよ)
 …………そんなこと、叶いっこないんだけれど。
 あぁ、それでも……。
 彼女を前にして妄想したのがいけなかった。煩悩を捨てきれなかったのがいけなかった。
よりにもよって彼女を前にして!
「霊夢?」
 後ろから手首を掴んだ、痛いぐらいに。そうして思いっきり力を込めて、私の方に引っ張る。
「きゃっ」
 よろめく体を、腰に手を回して支えて。掴んだ手首は後ろ手に引いたまま、彼女の唇を奪った。
「……ぅっん……」
 甘い。
 どれぐらい口づけていたのか覚えていない。短かったような気がする。名残惜しくてそう感じたのかはわからない。
「霊夢……」
「っ、」
(もう少しだけ、一緒にいなさいよ)
 出てこない。
 アリスはぽーっとした顔のまま、私を見つめている。可愛いすぎて、慌てて顔をそらした。見つめていたら、きっと彼女の頬に手を伸ばしていた。数cmだけ上に移動した自分の手の動きに気付き、慌てて強く握りしめる。
「あ、っと……えっと、……き、気を付けて帰りなさいよね」
「…………うん……」
「っ」
 顔が見れない。言葉を紡ごうにも続かない。ただひたすら、視線をそらすことしかできなかった。
「そ、それじゃ……」
 あぁ、また帰ってしまう……。って、これじゃ終わらないじゃない……。
 でも帰したくないんだもの……。もっと一緒にいたい。このまま夜までずっと。
そうして、もっと近くに寄り添って、彼女を……。
「〜〜〜〜〜」
 頭をぶんぶんと左右に振った。煩悩を追い出す。いつのまにかアリスの姿は消えていた。


-Alice-

 近頃霊夢の視線が熱い。
 そう感じていたのは、つい4,5日前。
 確かめるために神社へ行った。まさかね。
「あぁ、アリス。いらっしゃい」
「!?」
 どどどいうことかしら。なんと優しい笑顔。
 どうしてそんなに優しい表情で見つめてくるの……?
 玄関で靴を脱いで、居間に通され、しばらく待たされる。縁側から彼方広がる青空を眺めていたら、目の前に茶器が置かれる音がした。
「どうぞ」
「…………」
 水ようかんと、抹茶である。どうりでいつもより時間がかかったわけだ……って違う!
「れ、霊夢?」
「ん?」
「ど、どういう風の吹き回し?」
「……どういうこと?」
「あ、なんでもない……」
 いくらなんでもな言い草だ。それよりも、小さめの茶器に沈んだ濃い緑色が大変美しい。
「お先に頂戴致します」
 まず抹茶。それから水ようかん。
「結構なお点前で……」
「ふふ、ありがとう」
「霊夢は、飲まないの?」
「私? あぁ、あとでね……」
 さっきから霊夢はテーブルに肘をついて私を見つめている。その表情はえらく嬉しそうだ。
「ど、どうしてその……さっきから……」
「?」
(そんなに嬉しそうなの……?)なんて聞けるわけもなく。
 私はお茶とお菓子を交互にちびちびと頂いた。風はそよぎ、気温、湿度ともに気持ちいい。まるで二人の逢瀬……ではない、交流を祝福されているようだ。
(恥ずかしい……)
 なんだか、体の芯から熱くなってくる気がする。
 だって霊夢は、頬杖をついて、外を見ているときもあれば、なんともなしに視線を外している時もあるのだけれど、大体は、私がちらっと確認すると、彼女は優しく私を見つめていた。それは何か、まるで幸福になれるものを見つめているように。けれど愛しいものを眺めるように。朗らかで、けれど熱を帯びていた。
(どうしよう……)
 言葉はないのに、空間が熱い。時間が濃い。
 彼女の瞳は私を誘発している。熱を帯びるように……。
 
 …だから、
『そろそろ帰るわ!』
 エレガントさの欠片もない。まるで出来の悪いロボットのような動きで、居間を後にしたのだけれど。
 少しだけ不機嫌そうな霊夢の顔が視界の端に映る。
 まずいまずい。
 怒らせてしまったから、ではない。こちらの問題として非常にまずい。
 きっと私はそれを正面から見据えた時、理性でどう抑えつけようとこう思うだろう。可愛い、と。
『×××も待ってるだろうし』
 言い訳をする。自分へ戒めの気持ちも込めて。罪悪感は、ほんの少しだけ私から熱を冷ました。
 けれど気づかなかった。自分のことばかりで。自分を立て直すことばかりで。
 はっとして霊夢の顔を伺う。……悲しい顔をしていた。
(あ……)
 どうしよう。
 感じたのはもちろん自責の念。馬鹿な自分に憤る、もう一人の自分。けれど、すぐにそれは現れては消え、次に違う感情が心を覆った。
 抱きしめてあげたい。そんな、保護欲に似た部分を刺激するもの。
(何考えてるの……)
 けれど、もし彼女が今、私に近づいて、唇が触れそうな距離で『好きだよ』と言ってくれたら――もう半分彼女の瞳が語っているけれど――私は自分を抑えることができるのだろうか。

 ――唇を奪われた後の私は、まるで頭にもやがかかったようだった。それはすごく甘美で夢心地な。
『あ、っと……えっと、……き、気を付けて帰りなさいよね』
 だのに、視界だけはやたらとはっきりとしていた。特に、その一点だけは。
 ……霊夢の手が伸びかけて、そしてぎゅっと握りしめられた。空を掴みかけたその手の狼狽えぶりに、やはり胸が甘く締め付けられる。
 その手を、そっと触れて握りしめたら、彼女はどんな反応をするのだろうか。
 きっと、その時は……二人とも顔を紅くして、狼狽えながらも見つめあって、あとは……もう戻れないでしょうね。
 それはひどく魅力的な誘惑のように思われた。
 流されてしまいたい……。
 私は今、欲情している。そしてそれを恋と勘違いしている…………幾度、不実で、不貞なことを考えた……?
 そこに行き当ったとき、私は逃げるように神社を後にしていた。




 逃げ出すように神社を後にした。
 別れの挨拶もそこそこに。だって……。
「…………」
 唇が熱い。頭がぼんやりする。まるで熱病に侵されたみたい。
 自宅に帰るまえに、湖のほとりに降り立つ。
 そうして湖を覗き込んだ。そこに映りこむ自分の姿を。
(帰れるわけないじゃない……)
 こんな顔して。こんな気持ちで。
 体が熱い……。
 あの人は元々私の憧れだったんだから。
 強く、わかりづらいけど優しく。そして今日はなおのこと、美しかった。
 髪には艶があり、彼女が動くと同時に髪も流れるように後を追った。
 頬が心持ち紅い。化粧をしているわけではないと思う。
 まつげ。あんなに長かったっけ? あんなに漆黒の色をたたえていたとは知らなかった。
 唇。薄紅色をした。薄く横に引かれた形のいい唇。…………あぁ、もう!
 ハァ……。
 ため息がこぼれる。体の芯から溢れたような、重いため息。
 体が、心が、縄で締め付けられるように痛い。
 胸を焦がす、この痛み。
 霊夢……
 後に続く言葉を、私は飲み込んだ。
 帰れない。この体の熱が、冷めるまでは。


-Reimu-
 触れてはいけないものは、それだけで甘美なものなのだろうか。
 禁忌を犯すことは、倫理に反するからこそ。
 きっと妄想だけでやめておいた方がいい。
 きっと罪は時間とともに具体性を持って自分に迫ってくる。
 彼女を裏切らせてしまったこと、×××への罪悪感。
 そしてもう一つ。
 胸を突く、この杞憂。
 きっと欲望のままに始まった不実な行為は、あまり善くない形で終わりを迎える気がする。
 強い、胸を焦がす欲望に、突き動かされるままに動いた先は、燃え尽きて灰が残るだけの、閑散としたものな気がする。それもあっという間の。
 貴女のこと、本当に好きといえるまで待つことにしよう。私はきっと幼すぎる。
 運命というものを、運命という言葉以外で信じている。私は知らなかった。

-Alice-
 不実だけはいけない。
 ベッドで眠りにつく横顔を眺めながら、私は窓辺の椅子から夜空の月を仰いだ。
 きっと繰り返してしまう。そんな女と、何より思われてしまう。
 それだけはダメ。
 あとはもう、理屈じゃないと思う。
 心が離れた相手に、体は反応しない。きっと濡れなくなるし、触れられるのも嫌になるだろう。
 そして、最中もきっと他の人が頭に浮かぶように、なる気がする。
 女の体は正直だから。
 ……そう考えてる時点で、もうダメなのかもね……。
 自戒に、せめてできることは、きっちり答えを出して、示していこうということ……ぐらいかもしれない。
 傷をつけることを躊躇うか? 傷をつけられることを恐れるか。
 私は魔女である。けれど、これまでの半分は、人間だった。
 胸が痛い。

-R・A-
 寝ても醒めてもあの人のことを考えている。まるで馬鹿よね




UP 13/10/5
表現を簡素にしてみた図。



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